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酒の漢方薬 [医学・医療・雑感小文]

酒の漢方薬

漢方の名医、藤平健先生(故人)は、80歳を過ぎて、毎晩5合の晩酌を欠かしたことがないという特異体質的酒豪だった。

生前、しばしばご相伴にあずかったが、品のいい温顔に静かな笑みをたたえて、ゆったりと飲み続けた。

「私は、40代のころ、自分の高血圧を治すために漢方の三黄瀉心湯(さんおうしゃしんとう)を1年ほど用いているうち、二日酔い知らずになっていることに気づきました。

仲間の漢方研究医たちに話したところ、めいめい試してみて、そのとおりだということになりました。

ただし、この薬が合うのは、体力のあるがっしりとした体格の<実証>の人です。

体力が中程度の<虚実間>やそれ以下の<虚証>の人は、黄蓮解毒湯(おうれんげどくとう)がよろしいでしょう」と教えていただいた。

この二つの薬の主成分である黄蓮、黄柏(おうばく)、黄芩(おうごん)という生薬にニンジン、センブリなどを加えたのが「黒丸」という和漢薬で、実証とか虚証とかに関係なく用いることができる。

さて、大晦日。

大晦日定めなき世の定めかな  井原西鶴

どちらさまもどうぞよいお年を!
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ミカンの小袋 [医学・医療・雑感小文]

ミカンの小袋

ミカンには食物繊維が豊富だ。食物繊維にはいろいろな種類があるが、大別すると、セルロースなどの不溶性繊維と、ペクチンなどの水溶性繊維の二つになる。

前者は便通をよくし、後者は血液中のコレステロールを減らすのが、最大の働きだ。

ミカンの果肉は天然の食品中で最も多くペクチンを含み、小袋はセルロースそのものだ。すなわちミカンを袋ごと食べれば、ビタミンC、ペクチン、セルロースを一緒に取ることができ、それらの総合的作用が得られる。

肌がきれいになり、風邪もひきにくく、高コレステロール血症を改善し、便秘を防ぎ・治す効果が期待できる。

よくかんで食べれば脳も刺激され活性化するだろう。

果物をよく食べる人は脳梗塞(こうそく)になりにくい。最高で31%、脳梗塞の発症を防ぐ効果が得られたという。

米ハーバード大の研究チームが、10万人を超える人たちを、8年~14年かけて追跡したデータだ。

米国の調査だからかんきつ類はオレンジグレープフルーツだが、日本のミカンにも当てはまるだろう。
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ポンカン効果 [医学・医療・雑感小文]

 ポンカン効果

屋久島に住む旧友が、ポンカンを送ってくれた。

このところちとハラの立つことがあり、ユーウツだったが、友の情にカンゲキし、香りの高い果実を口に入れたら、気分がすっきり晴れた。

われながら単純な性格だと思う。

神経薬物学の研究者からの受け売りだが、うつ病には天然のかんきつ香料がよく効く。

抗うつ薬と香り療法を併用した著効例があるそうだ。

ミカンなどかんきつ類の栄養特性は、ビタミンCと食物繊維が豊富なことだろう。

ビタミンCは、皮膚や筋肉や血管を構成するコラーゲンの生成に欠かせない。

欠乏すると、そうした組織が壊れて壊血病になる

また、体の中で過酸化脂質ができるのを、ビタミンCは防ぐ。

過酸化脂質は「体のサビ」といわれ、がん、動脈硬化、糖尿病などの引き金になる。

ビタミンCをよく取っていれば風邪を引かないと、自分の体験に基づいて主張したのは、ノーベル賞を二度(化学賞と平和賞)受賞した、ライナス・ポーリングだ。

ミカンを食べて、風邪を防ごう!
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ああ、年が暮れる! [雑感小文]

 ああ、年が暮れる!

♫ しょんがちゃ(正月は) そけぇきた(そこへ来た)

♫ おやどみゃ(親どもは)心配する こどもみゃ(子どもらは)よろこぶ……

 むかし、貧しい島の子どもだったころ、2学期の終った日、学校から家への村道を歩く友だちと叫ぶように歌ってはしゃいだことを思い出した。

 だがそれも1年生か2年生ぐらいまでではなかったか。

 3年生になって「小学校」が「国民学校」に変わった、1941(昭和16)年の12月8日には「大東亜戦争」が始まった。

 そのころからの歌った記憶は残ってない。

 時勢のせいと年齢的成長の両方あったのだろう。

 いま「心配する」身になって、ふと頭に浮かんだ稚拙なわらべ歌の文句が妙に切なく、ほろ苦く笑うしかないのだった。

人工内耳 [医学・医療・雑感小文]

人工内耳

外界から耳の穴に入った音は、鼓膜を震わせ、中耳の三つの小さな骨を伝わり、内耳の蝸牛(かぎゅう)に入る。

蝸牛の有毛細胞によって、音波は電気信号に変えられ、聴神経を経て大脳の聴覚野に届き、人は音を聴くことができる。

この音を脳で聴くための変換装置─有毛細胞が障害されると、難聴が生じる。

人工内耳は、有毛細胞に代わって音を電気信号に変え、聴神経を刺激し脳に伝える(音を大きくする補聴器とは仕組みが異なる)。

1982年にオーストラリアで開発され、現在、世界中で重度難聴者を対象とした人工内耳埋め込み手術が行われている。

日本では94年から健保の適用となり、約6000人が使っているという。

日本耳鼻咽喉科学会は、人工内耳の適応基準を「原則として、純音聴力が小児では両側とも100デシベル以上、成人では90デシベル以上の高度難聴者で、補聴器の効用効果の少ないもの」としている。


人工内耳の装用者

数年前、オーストラリア大使館(東京都港区)で開かれたイベントで人工内耳装用者の話を聴いた。

人工内耳は、内耳に埋め込んだ受信装置と、音声入力のためのマイクを内蔵した体外部装置で構成される。耳の後ろを5~6㌢切開して内部機器を設置する。切開した部分が閉じ、皮膚が元に戻れば手術創はほとんど目立たなくなる。

手術後10日くらいに人工内耳の機器で初めて音を聞く「音入れ」をし、以後1~2カ月、週1回1時間程度リハビリを行い、聞き取りの訓練、機器の使用方法をマスターする。むろん健常な耳のようなわけにはいかないが、しだいに元の「聞こえ」を取り戻せるようになる。

人工内耳友の会東京支部長の宮嶋健二さんは、1993年に人工内耳の手術を受けた。

寿司店を営み、自ら接客に当たっている。

手術前は、お客の注文を紙に書いてもらうこともあったが、今は自由に会話を交わしながら寿司を握っている。

父はドイツ人、母は日本人の美知子シュタイガーさんは、2歳のときスイスで人工内耳の手術を受け、その後、アメリカフランスで過ごした。

10年たった現在は英、仏、独語を流ちょうに話す。

鈴木和代さんが、愛児の理央くんの難聴に気づいたのは生後1カ月半のときだった。

インターネットで人工内耳を知り、2歳半のとき手術を受けた。

「手術の決断をするのに迷いはなく、理央と私たちの言葉で話したいという願いが強かった。

手術後、理央の寝言を聞いたときは、〝ああ、夢でもしゃべっている〟と胸が熱くなりました」

そう話す母親の横には元気な小学2年生が立っていた。将来の夢は? と聞かれて、「1番はサッカー選手、2番は野球選手、3番はお医者さんです」と答えた。

人工内耳装用者へのアンケートによると、手術後第一の希望は「会話」で、第二が「音楽」だ。

洗足学園音大(神奈川県川崎市)は、01年から人工内耳で聴くことのできる音楽の研究を続けていて、人工内耳装用者のための演奏会「音楽を聴きにきませんか」を開いている。

以前に参加した難聴者の講習会では、人工内耳装用の中年男性が、失聴前と同じようにカラオケを楽しんでいると話していた。
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友と喜び [雑感小文]

友と喜び

「暮れに第九を歌うと、この一年の幸せに感謝し、来年も頑張ろうという気になってくる」と話した人は、第九の合唱の指揮で世界的に知られる関屋晋さんだ。

そのベートーベンの第九交響曲第四楽章の合唱は、まずバリトンのソロが〝オー・フロインデ。ニヒト・ディーゼ・テーネ(おお友よ、この調べではない)〟と歌い出し、コーラスとの〝フロイデ(歓喜)、フロイデ〟の交唱へとつながる。

ドイツ語の「友(Freunde)」と、「喜び(Freude)」はとてもよく似ている。

「友」のスペルのほうが1字多いだけだ。

だから、なんだ? と聞かれても困るが、面白いなと思う。

「未来はためらいつつ近づき、現在は矢のように速く飛び去り、過去は永久に静かに立っている」とは、第九の詩「歓喜に寄す」の作者、シラーの言葉だが、

いまや〝未来〟はほんの少ししか残ってない身ともなると、永久に変わらぬ過去の一時期を共有した友のありがたさ、その友と会う喜びが一層強く感じられる。

同窓会や同郷会には、だから必ず出席する。

それは間違いなく「元気のもと」だ。
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大苦交響曲 [雑感小文]

 大苦交響曲

「第九」の季節が始まった。

半世紀も昔の話だが、指揮者の山本直純さんに、

「暮れになると第九がはやるのはどうしてでしょう」と聞いたら、

「日本の家は安普請が多いからじゃないですか」

「えっ?」

「正月を前にして、家の修繕をしておこうと、あっちでもこっちでも大工を呼ぶわけですよ」と、あの豪快な笑いを笑った。

当時はまだそんな冗談が通用した。

今、身辺を見回せば、みなそれ相応きれいな持ち家の住人ばかりだ(当家を除外すれば─)。

ともあれ、師走。

人並みに第九を聴きたいと思っても、補聴器を通して超高度難聴の耳に入ってくるのは、鋭い金属音が何本も絡まり合った奇妙な雑音でしかない。

1分とたたず耳の奥が痛くなる。

大苦痛交響曲だ。

第九の合唱は、

「オー・フロインデ。ニヒト・ディーゼ・テーネ(おお友よ、この調べではない)」

というバリトンのソロから始まるが、失聴者の耳にはいかなる調べであれ、すべて単なる雑音でしかない。

だが人工内耳にすれば、音楽を楽しむこともできると聞いた。

つづきは明日──
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