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風詩感唱 [雑感小文]

手書きの冊子 


「誰の山でもいい 皆(みんな) 俺(おれ)の若葉だ」─川柳誌『風詩むさしの』4月号の表紙に毛筆で記された句だ。

一読、思わず腹の底から笑った。全くだ!

誰の山だろうが、眺める分には、思う分には、誰に何の気がねがいるものか。

見渡す限り我が心の領土である。

思うさまたっぷりと眺めて楽しもうぜ。

気持ちはればれページをめくると─、

ゆるやかにワルツのごとく老いてゆく 浩三

歳のこと気にもならない歳となる 魚扇

あかね雲安易に老いを語るまい 須磨子

夢ひとつ老い先信じ米を研ぐ 房枝

合鍵を忘れ記憶の戸が開かず 掬流

言い勝って後悔という負けを知る 豊子

─人生の達人たちの佳句が並ぶ。

『風詩むさしの』は、主宰者・堀内浩三氏の手書きの原稿をそのまま複写し製本した、表紙本文合わせて20ページ。

週刊誌と同じサイズのB5判3段割り。

「20ページを書き上げるとボールペン1本のインクがなくなる」という。

その毎月の営為、小生が知るようになってからでも20年を超える。

頭が下がる。
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耳の祥月命日 [雑感小文]

聴覚障害者ならではの利便もあるのだが

2006年5月、突発性難聴で左耳がこわれた。

右耳はもともと高度難聴だったから全聾が完成した。

あす11日が11回目の「耳の祥月命日」である。

不便、不自由、不安、抑うつ、不用心…などなどに日々直面し、焦ったり、くさったり、笑ったり、総じて言えばいろいろと面白い11年だった。

読んだり書いたり考えたりするのには耳は要らないから、すこしも困らない。

電話のベルや救急車のサイレンで安眠を妨げられることもない。

内緒話や耳打ちなんてものの相手にならずにすむのは、聴覚障害者ならではの利便だろう。

とはいえ、自由な会話ができないのは実につらい。

人の話はうまく聞き取れないのに、自分の言いたいことは言える。

なんとエゴイスティックな障害だろう。

最初はそう思ったが、そうではなかった。

会話というのは、相手の言葉を聞いて、理解して、はじめて成立する。

それができないのだから、自分の言葉もないにひとしい。

しぜん人と会うのがおっくうになり、出不精になった。

10年もたって、この課題をなかなか克服できない。

そのうち、あっちのほうへ引っ越したら、また聴こえるようになるだろうか。

先に行ってしまったなつかしい人びとと再会したとき、楽しい会話ができるだろうか。

いまも夢で会ったときはちゃんと聞いたり、話したりできてるだから、たぶん大丈夫だろう。

もうすこしの辛抱だ。

がんばるべえ。

タグ:突発性難聴
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無理と過労 [雑感小文]

仕事には無理がつきもの

自分でもあきれるくらい仕事がのろい。

おまけに怠けぐせもついている。

したがって年中、シメキリという魔物に追われることになり、いよいよ切羽詰まると、おちおち昼寝などしていられない(実は今もそうだ)。

狭苦しい仕事部屋で、もたもたパソコン労働をやっていると半徹夜になり、家の者から「あまり無理しないで…」と言われたりする。

しかし、考えてみるに、人間、生きているということは、無理をするということではないのか。

全く何の無理もしないで生きていくなんて、よほどの「鈍感力」の達人でなければできぬ相談だろう。

仕事には無理がつきものだと思う。

とはいえ、むろんそれにも限度はある。

無理に無理を重ねることを続けていると、その先には「過労死」などという致命的結末が待っている。

「過労死は自己管理の問題」と言った人がいるそうだが、極言すればそのとおりだ。

そのとおりだが、自己管理もへったくれもない状況の中で働いている、働かざるを得ない人があるのも事実だ。

いまの世の中どこかおかしい。
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江戸の貧乏 [雑感小文]

減らない銭なら金三両

「いつも三月常月夜、負わず借らずに子三人、女房十八我二十」ということわざがある。

「いつも三月のような陽気で、月の晩ばかりで、借金などなく、元気な子が三人いて、女房は十八で、おれは二十であったなら、もう言うことはないなぁ」

─明るくつましい庶民的願望だろう。

昔の三月は今の四月下旬、陽気の快適さは現代よりはるかに勝っていただろう。

『故事ことわざ辞典』を開くと、同類の俗言がいくつも出ている。

「いつも月夜に米のめし」

「いつも九月に常月夜、早稲(わせ)の飯にどじょう汁、余らず過ぎず子三人」

「いつも三月常月夜、減らない銭なら金三両、女房十八われ二十」

減らない銭─には、笑った。

まったくだ。それなら三両もあれば御の字だろう。

小判などめったに拝めず、たまさかご入来にあずかっても、

「これ小判せめて一晩居てくれろ」と懇願せずにはいられぬ暮らし向きだったわけだから…。

それにしても、そんな江戸の暮らしを、ふとうらやましく感じるのは、現代の貧乏生活にいたく思い屈するものがあるからか。
タグ:三月常月夜
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稀勢の里! [雑感小文]

根性と努力

いやあ、すごかったなあ! 稀勢の里! 

千秋楽の本割と優勝決定戦。

いまもまだまぶたの裏に鮮やかに残る壮絶、感動の二番を再生しながら眠るのが、あの日以来の入眠儀式になっている。
  

大相撲の世界はまことに厳しい。

毎年の新弟子約100人のうち十両以上の関取になれるのは10人足らずだろう。

まして異郷の地からやって来て、大関、横綱に昇りつめるのは並大抵の力量ではない。

琴奨菊との一番、巨体に似合わぬこすい立合いですっかり人気を落としたが、照ノ富士もなかなかの力士であるのは間違いない。

 *

昔、元出羽錦の田子ノ浦親方(故人)にこんな話を聞いたことがある。

「昭和30年ごろ、私に付いていた若い者のなかで一番素質があって相撲も強く、これはもしかしたら大関になるかもしれないと思ったのは、途中で止めました。

一方、佐々田は十両までいけば上出来だろうと言われていたのですが、やはり根性と努力がちがったのですね」

 ─佐々田とは、第50代横綱・佐田の山だ。

「しごかれて、しごかれて、根性ができる。力がつく」と田子ノ浦さんは話した。
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陰徳の症状 [雑感小文]

陰徳の症状

劇作家の木下順二氏は、戦後ずっと耳鳴りに悩まされていたそうだ。

夜となく昼となく頭の中で鳴り続ける執拗(しつよう)な「神経音」を聴きながら「夕鶴」を書き、「子午線の祀(まつ)り」を書き、「オットーと呼ばれる日本人」を書いたのだろう。

「耳鳴り(を持つ者)は陰徳の士なり」とかいう。

本人以外には聞こえない、目にも見えない症状にじっと耐え続けるさまは、人に知られぬようひそかにする善行に似ているというのだろうか。

木下さんは、ご母堂を亡くしたときのあいさつ状に、「花一輪といえども御辞退申し上げます」と記し、自身の死に際しては、葬儀無用、墓無用、母の遺灰と共に海へ流してくれるよう遺言した。

耳鳴りはそのように自分を律するのに厳しかった作家にふさわしい?症状のようにも思われる。

耳鳴りは、難聴の多くに伴って起こるが、耳鳴りだけ単独に起こることもある。

長く続く耳鳴りは、現在進行中の病気の症状か、病気が治った後の〝傷あと〟として耳鳴りが固定したかのどちらかだ。

その見きわめが肝心だという。
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及第がゆ [雑感小文]

 及第がゆ

 天暗く七草粥(ななくさがゆ)の煮ゆるなり    前田普羅

 年末年始の暴飲暴食で疲れ果てた胃袋をいたわり、おせち料理の偏った栄養を補う七草がゆは、優れた食の知恵だ。

「せり、なずな(ぺんぺん草)、ごぎょう(母子草)、はこべら(はこべ)、ほとけのざ(たびらこ)、すずな(かぶ)、すずしろ(大根)これぞ七草」という歌は鎌倉時代のもの。

すずな、すずしろ以外はみな野草。

なずなは利尿、解熱剤、はこべは動悸(どうき)息切れをしずめるなど、七草それぞれの薬効も知られている。

七草がゆは中国伝来の風習だが、科挙(官吏登用の国家試験)の制度があった時代の中国では、難関に挑む受験生が、合格の祈りを込めて「及第がゆ」を食べたという。

豚の肝臓(レバー)心臓(ハツ)腎臓(マメ)と魚の刺身が入った栄養満点のおかゆだったらしい。

現代日本の受験生も真似したらどうだろう。おかゆは消化がよいが、軟らかいのをいいことにろくにかまずに食べたのでは、不消化のもと。よくかんで食べよう。
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風邪の葬式 [雑感小文]

風邪葬式 

ノロウイルス騒ぎのせいで、影が薄くなっているみたいだが、冬の病気といえばなんといっても風邪だ。

風邪は人間がいちばん多くかかる病気だから、卵酒をはじめ昔からいろいろな民間療法が伝えられている。

「昆虫記」で有名なファーブルは、風邪をひくと、かまどの灰の中に頭を突っ込んだ。

そうすると、ひとしきりくしゃみが出て、風邪はケロリと治ってしまう。

ファーブルはそれを「風邪の葬式」と称していたそうだ。

科学的信ぴょう性は問わないことにすれば、風邪の素人療法の中で最もユニークな一つといえるだろう。

健康な人の風邪は、薬を飲んでも飲まなくても3日たてばメドがつくのが普通だ。

逆にいえば風邪の素人療法は3日までが限度。

3日たっても症状が軽快しないときは、医師の診察を受けるべきだ。

初めから38度を超える熱が出たときや、普通の風邪にはみられない症状を伴うときもすぐ医者に行ったほうがよい。

せきをすると息苦しかったり、胸が痛むようなときは、肺炎や胸膜炎を起こしているおそれがある。

素人治療ではとても手に負えない。
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新年は、死んだ人を…… [雑感小文]

 新年は、死んだ人を……

 昨日の「ふうちゃんの詩」につづけて、やはり毎年、正月の朝、読むことにしている詩がある。
 
 大正生まれの詩人が、昭和の末年に書いた詩だ。



 きのうはあすに      中桐雅夫 

 新年は、死んだ人をしのぶためにある、

 心の優しいものが先に死ぬのはなぜか、

 おのれだけが生き残っているのはなぜかと問うためだ、

 でなければ、どうして朝から酒を飲んでいられる?

 人をしのんでいると、独り言が独り言でなくなる、
 
 きょうはきのうに、きのうはあすになる、

 どんな小さなものでも、眼の前のものを愛したくなる、

 でなければ、どうしてこの一年を生きてゆける?


 この詩が収められた詩集『会社の人事』(晶文社)を開くと、ふやけた性根にピリッと辛い詩句が次々に現れる。
 

 何という嫌なことばだ。「生きざま」とは、

 言い出した奴の息の根をとめてやりたい、

 知らないのか、これは「ひどい死にざま」という風に、

 悪い意味にしか使わないのだ、ざまあ見ろ!

    ──略──        

 生きていてどれほどのことができるのでもないが、

 死ぬまでせめて、ことばを大切にしていよう。

                            (「嫌なことば」)


 きみの会社のきみの引出しの隅を、

 クリップを伸ばした先でつついてごらん、

 お世辞の雨でふやけた塵や、

 皮肉のにかわで固まった塵が出てくるよ。
    
  ──略──

 目刺しのように並んでいる良心の割引者たち、
   会社員ばかりの厭(いや)な日本だ。

                     (「会社員」)」。



 人間は二種類に分けることができる、

 紅白歌合戦を見る人、見ない人、

 飢えている人、食べ飽きている人、
 
 人を殺したことのある人、殺したことのない人。

     ──略──       

 向こう側の国と、こちら側の国とがある、
 
 向こう側に妹や弟がいたら、と想像するのはおかしいか、

 肉を食べたことのない子供たちを想像するのはおかしいか、

 それほどの想像力も、きみらはもっていないのか。


 ぼくは自分の小さな手のつまらないしわを眺めながら、
 
 生きているのが恥しくなった。
                  ──ベトナム二題─

                          (「想像力」)



 おれたちはみな卑怯者だ、

 百円の花を眺めて百万人の飢え死を忘れる、

  強い者のまえでは伏し目になり、

 弱い者のまえでは肩をそびやかす。

                           (「卑怯者」)



 戦いと飢えで死ぬ人間がいる間は

 おれは絶対風雅の道をゆかぬ

                         (「やせた心」)
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ふうちゃんの詩 [雑感小文]

 ふうちゃんの詩

まいとし元日の朝、読むことにしている詩がある。

昭和27(1952)年、大阪府下の小学校の2年生だった男の子の詩だ

ご一緒に読んでいただこう。


 お正月     二ねん 野上房雄

 お正月には

 むこうのおみせのまえへ

 キャラメルのからばこ

 ひろいに行く

 香里の町へ

 えいがのかんばん見に行く

 うらの山へうさぎの

 わなかけに行く

 たこもないけど たこはいらん

 こまもないけど こまはいらん

 ようかんもないけど ようかんはいらん

 大きなうさぎが、かかるし

 キャラメルのくじびきがあたるし

 くらま天ぐの絵がかけるようになるし

 てんらんかいに、一とうとれるし

 ぼく

 うれしいことばっかしや

 ほんまに

 よい正月がきよる。

 ぼくは、らいねんがすきや。

             (理論社刊『つづり方兄妹』所収)。


「らいねんがすきや」と書いた「ふうちゃん」は、その「らいねん」の春に病死した。

 学校からの帰り道の野っぱらで雨にふられ、傘がなくてびしょぬれにぬれてしまい、肺炎になったのだ。

 この国にこんな時代があったことを、こんな少年がいたことを─いまもいるかもしれないことを─忘れてはならないと思う。
タグ:野上房雄
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